【2023.1018掲載記事】
今日は、最初に三内丸山遺跡を訪ねる。以前からいつかは行きたいと思っていた場所。青森市中心市街地から約6km。車で15分程度。意外に街中に近い場所にある。観光施設化しており、入場ゲートがある建物(縄文時遊館)には、シアタールームや常設展示室、企画展示室、整理作業室、一般収納庫等があり、見て学べる空間になっていた。


ここを出ると目の前に縄文の村が広がる。復元住居や復元堀立柱建物が多数あり、当時の村の様子をイメージすることができる。


特に「大型堀立柱建物」は、高さが15mほどあり、使われている木も巨大でその大きさに圧倒される。


しかし、どうやってこれを作ったのか。また、何故15mという高さだと推測できたのか。見て周りながらいろいろ疑問も湧いてきてしまう。縄文時代は、中学校の歴史で「狩猟・採集生活」が中心であり、定住はしていなかったと学んだ。「農耕の始まり」と「定住生活の開始」が弥生時代との相違点でもあった。歴史の検証が進みこのような遺跡の発見が、これまでの定説に修正をかけ、新たな解釈が発生する。まさにこの三内丸山遺跡もその役割を果たす貴重な遺跡の一つといえる。
先ほどの疑問点について、スタッフの方に聞いてみた。支柱付近の地面の圧縮度を測定し、高さの推定値を算出したとのこと。恐れ入った。かなりこの回答には感動した。ただ、どうやって作ったのかについては、いろいろな仮説はあるもののいずれも想像の範疇でありはっきりしたことはわかっていないようだった。
この後は、下北半島にある六カ所村に行く。ここにある原子力関連施設をぜひとも見たいと思っていた。移動の途中に巨大な石油タンク群を見ることができた。よく映像で見ることの施設。すごい規模である。

六ヶ所村には、いろいろな原子力発電関係の施設が点在している。とりあえず見学可能な施設の中でセンター的な役割だと思う『六ヶ所村原燃PRセンター』に行く。「原子力再処理工場」のしくみに関してQ&A形式で、そしてリアルな再現機材によりわかりやすく説明・展示が行われていた。
見学を終えたのち、六ヶ所村を北に向かって車を走らせる。
人家もあまりなく長い海岸線が続くこの場所に、再処理工場を始め、「低レベル放射性廃棄物埋設センター」や「ウラン濃縮工場」、「高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター」等々、さまざまな施設が作られている。幹線道路から海岸線に入り込む道路の入り口には、「関係者以外立ち入り禁止」の案内表示がされており、海岸線に出ることができなくなっている。「六ヶ所村が何故選ばれたのか」、この地に来てその理由が分かったような気がした。
明日は13時40発のフェリーで、本州最北の地「大間」から函館行きのフェリーに乗船する予定である。下北半島にある道の駅を探す。2箇所あったのだが、いずれも人里離れた場所にある感じがする。北上するに従い、人家は少なくなり、遂には街灯も無くなってしまう。試しにヘッドライトを消してみた。まさに暗黒。全く何も見えない。慌ててライトを点灯させる。目指す道の駅は、まだ先。「利用者は自分一人だけかもしれない」とあれこれ想像しながら向かった。
やはり森の中のダムの湖畔にある道の駅だった。『道の駅かわうち湖』。今日はここに泊まる。