ファンディの旅もろもろ

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龍馬の足跡を再びたどってみたくなった。

 しばらく読み続けていた司馬遼太郎著『竜馬がゆく』を読み上げた。



 

全8巻。ページ数計は3299ページ。最近、本を読み遂げるということから遠ざかっていただけに、これだけの分量を読み切ったことに嬉しさを感じている。

 さて、その昔、この本を学生時代に読んだ時は、先を急ぐように読んでいた記憶がある。学生寮に住んでいた関係もあり、部屋にテレビもなく、もちろんインターネットもない時代である。一人の時間になれば本を手に取り読んでいたように思う。学生時代なので社会人としての経験もなく、組織や職階というものも知らなかった頃になる。龍馬の破天荒ともいえるような行動力とそれを支える生きる力の強さにしびれていた。読み進めるほどに坂本龍馬という人物がヒーロー化し、自分も社会人となった暁には、人のため世のために活躍したいと思った。ちょうどその頃は名古屋に住んでいたので、龍馬が眠っている京都霊山護国神社に行き、墓前でこのことを誓ったことを思い出すことができる。

 この「京都霊山護国神社」にはそれ以後も数回に渡り足を運んでいる。小高い山の中腹に龍馬の墓はあり、その場所から見える景色は、京都盆地を一望することでき、特に霞がかった夕暮れの頃は、いつも、しばらく京都の街を眺めながら、坂本龍馬を想いつつ黄昏してしまうほどの景観をもつ場所でもある。

 ここには明治維新の誕生に尽くした志士たち1043名の御霊が祀られている。初めて来た時は、とにかく坂本龍馬のお墓参りをとの思いだけで、その他のことはほとんど知らないままにここに来たので、境内に入り、この神社に祀られている人たちを知って非常に驚いたものである。龍馬のお墓の横には、盟友中岡慎太郎の墓が並ぶ。桂小五郎の墓もある。高杉晋作久坂玄瑞大村益次郎などの歴史の教科書にも出てくる人物の他、池田屋事件禁門の変などで戦没、殉職した者たちの墓も見ることができる。ここに初めて来た時、龍馬のお墓の前には、数人の列ができており、墓前にはお花やお酒などのお供物が添えられており、これにはかなり驚いたことを覚えている。また、高杉晋作の墓前には、A4サイズのタッパーが置いてあり、その中に「晋作ノート」と書かれたノートがあり、ここに来た人がこれに思い思いのメッセージを寄せていた。

 今回、この『竜馬がゆく』の2度目の全巻通読を終え、あの頃とは異なる心境にあることを感じている。学生の時は、これからの自分の姿を龍馬に求めようとしていたと思う。しかし、今回は、これまでの自分を龍馬に重ね、その時々で自己と龍馬を比較している目があったことに気づく。

 最初にこの本を読んで以来、坂本龍馬に関する書籍も多数読み、日本各地にある龍馬ゆかりの地もいろいろ訪ねて行ったりもした。映画やドラマも数多く見た。

 しかし、今、これらをもう一度、改めて新たな心境の中で振り返りたいという想いが強烈に湧き高まっている。つい先日も龍馬とお龍ゆかりの温泉のことをこのブログに書いたばかりである。京都、長崎、そしてなんといっても龍馬の故郷高知にも、改めて行きたいと強烈な思いに駆られている。先ずは、やはり『高知県立坂本龍馬記念館』だろうか。たくさんの資料と共に龍馬の足跡をもう一度たどってみたい。あわせて『坂本龍馬誕生地』も訪ね、さらなる余韻を感じてみたい。そして忘れてはならないのが桂浜である。この海岸に立ち、どこまでも続く大海原を見ながら時代を超えて龍馬と重なってみたいと思ってしまう。

 

 9月中には行きたいと思う。車中泊かバイクか。いく前から結構悩みは深いのである‥‥。